老舗プロジェクト紹介

老舗における伝統と革新 意味の革新を求めて

京都の老舗について「伝統と革新」ということがよく言われる。しかし伝統を守るということと、革新を進めるということは矛盾するのではないだろうかと感じられる方も少なくないのではないだろうか。まず革新(イノベーション)とは「新しい製品や生産方法を成功裏に導入すること」(土井・宮田(2015),p.2)と定義されている。老舗の中には「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」(伝産法)の指定を受けていることも少なくない。この場合、伝統的な技術又は技法等を用いて製造することが「伝統的工芸品」の指定を受けるための要件となっている。つまり「新しい生産方法」を用いることは、認められていないのである。

革新(イノベーション)の経済分析の父であるシュンペーターは、イノベーションを新しい製品や生産方法だけでなく、新しい販路や市場、新しい原材料の供給源、新しい組織を含むものと考え、より幅広い概念を示している。

革新(イノベーション)を経済学で分析する場合に、よく用いられる区別が、漸進的イノベーションと画期的イノベーションの区別である。漸進的イノベーションとは、同じ技術経路上でのイノベーションであり、画期的イノベーションとは、新たな技術経路を作り出すようなイノベーションであるとされる(土井・宮田(2015)p.14、およびp.24)。これに加えて近年登場した新しいイノベーションの概念がある。ヴェルガンティ(2009)による「デザイン・ドリブン・イノベーション」である。デザイン・ドリブン・イノベーションとは「製品の意味を変えるようなイノベーション」である。消費者は、製品の機能・仕様に関する客観的な評価基準による機能的な価値だけでなく、機能を超えた意味的価値を求めている。意味的価値とは、使いやすさや、持つこと自体の喜びでユーザーが主観的に意味付ける価値である(延岡(2014))。ヴェルガンティ(2009)は、「技術」と「意味」という二つの軸からなる座標平面上でイノベーションを分類する。

ここではヴェルガンティのいうデザイン・ドリブン・イノベーションを「意味の革新」と訳することにする。

京都の老舗における革新の事例をみると、この「意味の革新」に該当するケースが少なくない。2013 年度の本プロジェクト授業で講演していただいた薫香の老舗松栄堂が展開する「リスン」は、製品自体としては従来の線香と非常に近いものであるが、「リスン」でインセンスを購入する消費者は従来の線香の買い手とはまったく違う意味付けをしているだろう。また永楽屋のてぬぐいも、買い手にとっては手を拭くためのものではなく、デザインを楽しむために額装して壁にかけるためのものとなっている。あるいは上羽絵惣のネイル製品は、同社の伝統的製品である日本画用絵の具と原材料は同じであるが、用途も意味もまったく違う製品となり、ヴェルガンティのいう技術的イノベーションと意味のイノベーションが合体したイノベーションとなっている。

このように技術の伝統を重視しながらも、意味のイノベーションによって新しい市場を開拓できることは、老舗企業の革新として非常に重要である。

本年度はこのような視点から、老舗企業・伝統産業のイノベーションを見直して、老舗企業が従事する伝統産業での意味のイノベーションの可能性について、提案することを目的とした。

参考リンク先
【教員名】松岡憲司
【フリガナ】マツオカ ケンジ
【ゼミ・プロジェクト名】老舗プロジェクト